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20180504 人の苦しみの理由のひとつ

投稿日:2018年5月4日 更新日:

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昨日の「執着」に関する記事は
思った以上に反応がありました。

やはりそうしてみると
人の苦しみというものの多くは
その人の外にあるのではなく、
内面にあるんだ、と改めて認識
した次第です。

人として生まれた以上、
分け隔てなく

「生老病死」

がついて回るのが人生です。

そして誰もが幸せな人生を
求めるものですね。

執着が必ずしも悪いという
訳ではありませんが、それで
自分が苦しむようであれば
見直して、手放してみるのも
いいのかも知れません。

もうひとつ、人生で苦しみを
産んでいる代表的なものに

「◯◯◯」があります。

それは何かというと…

「◯◯◯」とは「正しさ」です。

このことは今までも何度か
記事として書いてきましたが、
人は誰でも自分が正しい、と
考えています。

それを裏付けることとして
多くの殺人犯が、裁判になると

「なぜ自分が人を殺さなければ
 ならなかったのか」

という理由を述べるそうです。

人の命を奪うことでさえも

「やむを得ない理由=正しさ」

を主張するのが人間の一面。

そしてこの「正しさ」こそが
人と人の争いの根源にあると
いうことを知っておくといいと
思います。

最近、日本史の研究が進んで
豊臣秀吉がキリスト教徒を迫害
したのは、キリシタン大名が
火薬の代金代わりに、日本人を
奴隷として売っていたことが
理由だったと判明しました。

確かに日本以外のアジア諸国は
キリスト教の布教の名を借りた
植民地化に遭い、語りきれない
悲惨な歴史が生まれています。

秀吉が居たことで、日本が
世界で植民地支配を受けずに
済んだ数少ない国のひとつに
なったことも事実です。

しかしキリスト教を布教しよう
として、日本を訪れた宣教師は
皆、自分が正しいと信じていた
はず。

そう。つまり

「人間は全員自分が正しい」

と信じているのです。

もし人類が、この思い込みから
自由になることが出来たならば
戦争をする理由もなくなるかも
知れません。

個人レベルで見ても、
自分自身の正しさと葛藤して
内面に苦しみを抱えている人は
大勢おられると思います。

執着する対象は人によって
さまざまですが、

「自分の正しさ」

に執着して苦しんでいる人も
いるかもしれない。

それを頭の隅に留めておいて
もらうのも大事かも知れません。

今日も最後まで読んでいただき
有り難うございました。
明日に続きます。